テレビウォッチャー

2015年10月15日木曜日

最終回 デジタル化時代の視聴率調査(その4)


着々と進むVR社包囲網
  1962年に創業を開始し、2000年には競合のニールセン社を駆逐したVR社ではあったが、放送のデジタル化以降、視聴率調査ビジネスを「一社独占」したためか、視聴の測定技術の改善・改良に、際だった成果が今一つ感じられないように思える。
 そのためか視聴率調査市場に参入する動きが活発になっている。その先鞭を切ったのがデータ・ニュース社の「テレビ・ウォッチャー」である。デジ7BS8局の合計15局を対象にサンプル6,000で、毎日放送される全ての番組について、その接触者数、録画者数、視聴満足度、見ての感想を調査している。従来の「見ていた世帯の量」を捉えていた視聴率調査に対し、その番組を“見ていた人の量“、“見た人の評価としての満足度“、“見た人の感想“を捉えたもので、テレビを見ているのは「世帯」でなく、「人」であるというスタンスに立った視聴質の調査として、3年前にスタート。大いに注目されている。
 次は昨年春から本格的にサービスを始めたスイッチ・メディア・ラボ社のSMART調査である。同社の調査は、関東地区で放送される地デジの全番組を2,000世帯、5,000余人のサンプルで測定するものである。この調査の特徴は、番組放送終了15~20分後には、その視聴率が算出・提供されるという「リアルタイム性」にあり、朝・昼の情報番組の視聴結果が瞬時にわかること。またVR社とは比較にならない大サンプルでの調査は、広告主にとって細分化されたターゲット別個人視聴率が得られる“優れモノ”として評価されている。
 さらに本年10月、米国TVISION INSIGHT社の日本法人が、かつてピープルメータ調査が導入されたとき、日本民間放送連盟(民放連)が首を長くして待ち望んだ完全自動化による「フルパッシブメータ(個人視聴率測定機・ピープルメータ)」をスタートさせた。
この調査の特徴は、テレビがついている部屋にいる人の視聴(Viewability)とテレビを見ている人のテレビの見方(Attention)を指数化。視聴レベルを質的に把握できることである。ことにCM 注目度は、秒単位で「スマイル」、「サプライズ」、「ネガティブ」、「ニュートラル」など、4つのレベルで表示されるため、CM制作への大きな手がかりになるとの評価が高く、米国ではスポーツ・チャンネルESPNをはじめ、子供対象のディズニー・チャンネルなどとの取引が成立した模様である。
 その他、商品の購入実態や生活意識と番組の視聴とを同時に捉える「シングル・ソース」の調査として、インテージ社の「i-SSP」も近々、その大要を示す勢いにある。

ガリバーの喩え
 スイフトの小説「ガリバー旅行記」で、コビトの民に捉えられた巨人・ガリバーの話は、皆さんご存知の通りである。VR社を巨人、他社をコビトだというつもりは毛頭ないが、創立50年、今日のテレビ業界にあって番組評価のスタンダードとしての地位にあるVR社が、上記各社の進出に戸惑い、苦戦を強いられる状況にあることは、紛れもない事実である。またその他にも、海外大手の社から、わが国への進出を伺う匂いも、うすうす感じられる。
 翻ってVR社の営業売り上げがこの10年伸び悩み、他社に市場進出のスキを与えたのは、競合であったニールセン社の事業撤退以降、一社の独占体制に胡座を掻いた「気の緩み」があったからに他ならない。
 今般のテレビ視聴率の低下を活字メディアは「視聴者のテレビ離れ」というが、お叱りを覚悟で申し述べるなら、“テレビは算出されてくる視聴率に抗することなく、ただ単にそれを鵜呑みにしてきた”からであり、言葉を換えるなら“「テレビ離れ」を引き起こした要因は視聴率にある”といえなくもない。
そうした意味では、今日、さまざまな視聴データが出現したことにより、テレビは自ら“視聴者の「今」を見つめ直す”いい機会になったといえるだろう。
 50余年の視聴率調査の経験を持つVR社のデータは、確かに業界のスタンダードであるかも知れないが、もしテレビが現状の打破を求めるなら「セカンド・オピニオン」として、上記各社のデータを利用・研究する余地は十分にあるだろう。いや、それらデータを駆使することにより、テレビは今日の窮状を乗り越えることが必ずや出来るはずである。                                    (おわり)

2015年9月9日水曜日

第27回 デジタル化時代の視聴率調査(その3)

デジタル化と測定機
 申すまでもなく「デジタル化」は、これまでの「アナログ」とは大幅な帯域の違いから、従来の測定機では、その視聴を測定することが出来なくなり、調査会社は測定機の改善を余儀なくされた。
 ビデオリサーチ社の測定機を例にいうなら、テレビ局から漏洩する発信信号を受信してチャンネルの変化をとらえ視聴率として記録するこれまでの測定方式を、音声比較を核にしながらも、地上デジタル・アナログ、BSデジタル・アナログなど、異なるメディアごとのチャンネルを測定する方式へのシフトを余儀なくされたのである。

デジタル化と視聴者
  デジタル化によって、視聴者は多メディア、多チャンネルの映像文化を享受することが可能になったのである。
 そのため、これまでアナログ7局+BS3局に県域U6局を加えた計16局の放送しか見ることが出来なかった視聴者は、少なくとも4050チャンネルから送り出される番組を視聴することが出来るようになったのである。
 加えてモバイル受信装置による「ワンセグ」や「タブレット」、あるいは「パソコン」による視聴、さらには「録画・再生機器」によるタイムシフト視聴。その他、屋外での大型スクリーンに映しだされた映像を見て楽しむパブリック・ビューイングなど映像を楽しむ機会は各段に増大していったのである。その結果、テレビ番組の視聴は、多くの選択肢に食われて、ますます「フラグメント」してきているのである。
 ちなみに、往時のゴールデン・タイムには視聴率が20%を越える番組がキラ星のごとく並んでいたが、今日、20%超の番組は数えるほどしかなく、特に録画の再生視聴が可能な「ドラマ」番組の視聴率は、タイムシフト視聴の影響をおもろに受け、見る影もない有様である。

あるべき測定方法
  では「ドラマ」は、もっと言えば、テレビは見られなくなってしまったのだろうか?
確かに今のわれわれの生活行動は、往時とは異なり、屋外行動が増加したために在宅時間、なかんずくテレビの視聴可能時間は大幅に減少している。そのため「自宅」の、「据置型テレビ」による「実放送時間に放送される番組」の視聴は、在宅時間の減少、他メディア機器による視聴の影響を受けてライブ放送の自宅内視聴は、大幅に低下しているのである。
 しからば「テレビ番組の視聴」それ自体も大幅に少なくなっているといえるだろうか?
 テレビは「ライブ」では、「自宅の中」では、見られなくなっただろう。しかし人々は自分の見たいときに、自分の見たい機器を用いて視聴しているのである。そうみるなら、つまり「視聴率」が減少しているからといって、テレビ自体が見られなくなったと決めつけていいのだろうか? 「自宅内の」、「据置型テレビによる」、「ライブ視聴」を見たとして計算するという今日のテレビ視聴の「測定方式」が、人々の「テレビの楽しみ方に合致しなくなった」だけのことであって、それを持ってテレビは見られなくなったと決めつけるのは、いささか早計に過ぎないのではないだろうか?

 “ならば、どうすればいいのか?”である。少々キツイ言い方をするなら、今の視聴率調査のあり方は、60年前、テレビが放送を始めた当時のテレビの見られ方をそのまま踏襲してきているに過ぎないのである。テレビはこの60年の間に、長足の進歩を遂げているのである。視聴率調査も、テレビ視聴のあり方に合わせた「改善・改良」を行うべきではないだろうか?
(つづく)  

2015年8月4日火曜日

第26回 デジタル化時代の視聴率調査(その2)

わが国のデジタル化
 1997年、デジタル放送に向けた審議が開始され、2000121日にはBSのデジタル放送がスタート。200312月には東・阪・名の三大都市圏において地上デジタル放送が、200612月には、全ての都道府県庁所在地での地上デジタル放送の受信が可能となり、まさに「デジタル化時代」が現実のものとなったのである。
 デジタル時代の到来は、テレビ視聴率調査にどのような影響を及ぼしたのだろうか?
 
選択肢の増加
 デジタル化での大きな変化は「多メディア化」と「多チャンネル化」である。今までのテレビ放送は関東地区でいえば、NHKの総合と教育、日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京などアナログの7局のほかに、MXテレビ、テレビ神奈川、千葉テレビ、テレビ埼玉、群馬テレビ、栃木テレビなど独立U局とNHKBS12それにBSハイビジョンを加えた計16局であった。それがデジタル化されることによって、一人の人が平均して見ることの出来るチャンネル数が、少なく見積もっても4050チャンネルとなったのである。視聴者が見る番組の数が格段に増えたことで“送り手から受け手へ”の一方通行であったこれまでのテレビ局と視聴者との立場が逆転し、“受け手主導による番組選択時代が到来”したのである。
 加えて録画・再生機器の発展により、人々のテレビ視聴はライブ視聴からタイムシフトによる視聴が日常化するようになってきたし、また人々の生活行動の変容により、自宅内のみの視聴から友人・知人宅や職場、公共施設など、自宅以外の場所での視聴機会も多く認められるようになった。
 またデジタル技術の発展により、テレビ受像機のみによる視聴からパソコンやワンセグをはじめとする各種モバイル機器による視聴の可能性へと大きく転換していったのである。

新たな測定機の開発
  申すまでもなくデジタル放送は従来のアナログ放送の周波数とは帯域が大きく異なる。このため、従来の視聴率調査測定機によるテレビ視聴を測定することは叶わなくなった。新たにデジタル対応測定機の開発が求められたのである。その対応は先のピープルメータ調査の導入以上に、技術開発の面で苦戦が強いられたのである。
 ではデジタル対応の視聴率測定機はどのように改善されなければならないのだろうか?
当面の対応としてとられたのが、衛星デジタル・プラットフォーム内の個々のチャンネルの視聴を識別することであった。
 このデジタル対応の試作機はビデオリサーチ社から「データビジョン'98」という自社展示会において、いち早く発表された。しかしこのときの試作機は、当面200012月の「BSデジタル化」に対応したものであって、2003年の地上デジタル放送を睨んだ本格的な測定機器と呼べるものではなかったのである。
進む視聴のフラグメント化 

  他方、「多メディア化」、「多チャンネル化」によるメディア環境の大変化は、視聴者にとって、見ることの出来る番組数が多くなる分、個々の番組の視聴は分散され、「視聴のフラグメント化」に拍車がかかることになる。デジタル化時代の到来によって、高視聴率番組が減少するという奇妙な「現象」が生じ始めたのである。(つづく)

2015年7月9日木曜日

第25回 デジタル化時代と視聴率調査(その1)

デジタル化の幕開けを前に
  およそ10年の歳月をかけ、1997年、ピープルメータによる機械式「個人視聴率調査」がスタートした。この間のピープルメータ「導入」についての論議から、われわれは多くの教訓を得た。今度はデジタル化である。
 20089月、翌年の地デジ完全移行の半年前、米ニールセン社はいち早く完全移行を成し遂げたノースカロライナ州ウィルミントンで、デジタル対応測定機(A/Pメータ)を世帯に取り付け、本番さながらの最終実験を行った。他方、わが国では、200812月になっても、“視聴率調査はこうなる”との指針が示されることはなかった。2011年の完全デジタル化移行までに多少の時間はあるとしても、またしてもこの対応の緩慢さに業界は苛立っていた。

着実だった米ニールセン社の対応
  「デジタル化」の時代では、多チャンネル化し、多メディア化するため、メディア環境は大きく変貌する。視聴者の「選択肢」は多様なものとなり、畢竟、番組視聴率は小さくフラグメント化する。
 こうした状況下、米国では調査専門家委員会(The Council for Research Excellence)からニールセン社に対し“デジタル化時代に相応しい視聴率調査の構築を求める”旨の勧告がなされ、同社は直ちに現行視聴率調査改善へ取り組みを始めた。なかでも画期的な計画はA2/M2という取り組みである。
 A2/M2とはAnytime(いつでも)、Anywhere(どこでも)、Media(どんなメディアでも)、Measurement(測定できる)という調査システムの発表であった。デジタル化時代の足音が聞こえ始めた2006年。いち早くニールセンは、その対応を開始したのであった。

録画の再生視聴やモバイル対応に着手
  デジタル化されると帯域はこれまでのものとは大きく異なるため、測定機自体の改善が不可欠となるのはいうまでもない。否、それ以上に大きく異なるのは、視聴機器の変化がもたらす視聴者の「視聴態様」の変容である。
 人々は番組をライブ視聴するのではなく、“見たい番組は、見たいときに見る”という視聴習慣が生まれたのである。またテレビ受像機以外の機器による番組視聴という現象も常態化した。
 そのためニールセンは「ライブ・プラス視聴率」の算出を余儀なくされ、1週間以内の録画の再生視聴率を実放送の視聴率に加算する「プラス・セブンデイズ」視聴率の算出に着手した。

 またインターネットによる番組の視聴やストリーミング・ビデオの測定などの実験調査にも着手。Solo MeterGo Meterなど、さまざまな環境下に対応できる測定機の開発に腐心したのである。なかでも関係者の目を見開かせたのは、音声信号の識別により、自宅以外の場所での視聴を測定する可搬式視聴測定機(IMMI Phone Meter)の開発であった。                                                                    (つづく)

2015年6月1日月曜日

第24回:ピープルメータ調査の導入 後日談(続々) 有名無実に終わる「視聴率調査検証委員会」


検証委員会の活動
  ピープルメータ調査が正式に導入されてからもこの調査についての「お目付役」として、「視聴率調査のあり方に関する調査研究会(検証委員会)」の活動は続いた。
  検証委員会の主な活動は、導入時にそうであったように、主としてイ)ピープルメータ調査のサンプリングの状況、ロ)視聴実態の記録に関する事項、ハ)サンプル世帯の管理、ニ)データ管理と集計システムについての4項目で、調査主体であるビデオリサーチ社のピープルメータ調査サンプル世帯の調査協力を監視する応諾率のチェックとサンプル世帯の家族によるボタン操作の正確性とを重点的に精査することであった。

曖昧な監査
 しかしながら検証委員会の行った精査は、ただただ唖然とするばかりの実に曖昧なものでしかなかったのである。そもそもこの検証委員会の構成員からして、日本民間放送連盟(民放連)、日本広告主協会(主協:現・日本アドバタイザーズ協会)、日本広告業協会(業協)の調査責任者がメンバーとなっているのではあるが、彼らは自社内において自らの仕事に忙殺されているため委員会の肝心要の「しきり役」が不在で、ビデオリサーチ社に対し“ヒアリングを行う”としながらも、その実態はビデオリサーチ社がまとめてきた「調査内容」を聞き取るだけという体たらくで、同社からの報告と説明に対し、幅広い観点から、その妥当性を検証するには遠く及ばないものであった。曰く、“現行の視聴率調査に関する共通認識を得ることができた”という文言の記述が、検証報告書に幾度となく繰り返されたのであった。

わずかな救い
  業界三団体からの寄せ集めとなった「検証会」では、“共通認識を得る”ことで精一杯だったのかも知れない。しかし毎年都合7回も検証会を開きながら、その程度の監査内容では「勉強不足」の誹りを免れることが出来まい。
 しかし競合社不在の一社独占体制にあるビデオリサーチ社には、検証会を開くことで、少なからずプレッシャーを与えたということを考えるなら、検証会の「意義」もあながちないとは言い切れないのかも知れない。

「検証」は専門機関で
 結局、“その程度のことしか出来ない”のであれば、やはり「検証会」は三業態の調査責任者による片手間ではやっていけないし、「検証会」の内部に調査の専門家を「専従」させるか、米国でそうであるようにMRC(Media Rating Council)やCONTAM(Committee On Nationwide Television Audience Measurement)などのような第三者の監視機関を設立し、視聴率調査において最低限遵守されなくてはならないミニマム・スタンダードやプリンシパルズのようなリサーチ・ガイドを作成。視聴率調査の実施における原理・原則に照らし合わせた、キッチリとした「監査」を行う必要があるだろう。
 そうすれば、少なくとも“共通認識が得られた”とか、“検証に当たっては、ビデオリサーチ社の全面的な協力姿勢を高く評価する”などという愚かな発言が出ては来ないはずである。
 いずれにせよ、有名無実な委員会の活動にホッと胸を撫で下ろしているのは、誰あろう調査主体のビデオリサーチ社であることを忘れてはなるまい。
 ピープルメータ調査の導入で、一波乱も二波乱もあったが、嵐が過ぎ去った後はニールセン社の視聴率調査ビジネスからの撤退により、ビデオリサーチ社の視聴率調査事業は「安堵」されたのである。

 次回からは「デジタル時代と視聴率調査」について論じる予定である。

2015年4月30日木曜日

第23回:ピープルメータ調査の導入 後日談(続) ビデオリサーチのお家騒動と大株主・電通の介入

社長を訴えた常務と監査役
  ピープルメータ調査の導入後、ビデオリサーチ社には創業以来、かつてない大嵐が吹き荒れた。三代目社長石川正信が「商法違反」を指摘され、退陣を迫られたのであった。ことの次第はこうだ。第19回の当ブログでも触れたが、週刊朝日にビデオリサーチがピープルメータ調査の導入に消極的なのは、土地投資の失敗による資金ショートに原因があると指摘する記事が掲載された。
 取締役会の「先決的決議事項」であるにもかかわらず、これに諮ることなく土地取引を独断実行したことは「善良な管理者としての義務違反」であると、常務取締役の山本三郎と常勤監査役の山之口俊彦の両名が、文書をもって社長退陣の狼煙を上げたのである。
 事態は大株主電通の知るところとなり、電通がその「鎮圧」に乗り出したのである。

電通による介入
  ビデオリサーチ社の創設時は別にすると、大株主である電通の社長人事による介入は、今回が二度目であった。198410月、二代目社長・波田野静治がスキルス性の癌のため死去したとき、電通社長の田丸秀治が“三代目社長にはこの男を”と石川正信(電通マーケティング局長:当時)推挙してきたのが最初である。石川はDCDDentsu Corporate of America)の社長を務めた男で、海外、とりわけ米国のメディア・リサーチに詳しく、田丸の片腕として、手腕を発揮していたため、田丸は社長に推したかったのであろう。しかしビデオリサーチ・サイドは専務取締役・渡部文雄の社長昇任を考えており、田丸の「石川案」を断念させるべく、創業以来、監査役、相談役をお願いしていた東芝会長・岩田一夫に事情を説明し、電通田丸に石川案の断念を依頼した。岩田は田丸に対して“資本と経営は別物。三代目社長はプロパーから”と、渡部案を強く主張したが、田丸の“今回限りは、石川で是非”との申し出を断り切れず、“以後は必ずやプロパー社長で”と念押しして、三代目社長として石川を受け入れたのであった。

4代目社長はかつてない大物
  そうした経緯があってか知らずか、“さもビデオの社長人事権は電通にあり”といわんばかりに、4代目社長に石原昭利(電通副社長・当時)が送り込まれた。そこにはかつての「岩田・田丸会談」で取り交わされた密約は反古となってしまっていたのである。
 創業以来の「ごたごた」とピープルメータ調査導入直後の「混乱」を鎮めるには、電通の現役副社長の「にらみ」をおいて、他に手段はなかったのかも知れない。いずれにせよ、ビデオリサーチによるピープルメータ調査は、何事もなかったかのように、「スムーズ」な船出となったのである。
 ピープルメータ調査の独断導入を図ったニールセン・ジャパンは、民放各社から契約の打ち切りを申し渡され、199912月をもって、わが国における1961年来の視聴率調査の幕を下ろしたのである。
 ビデオリサーチ社の視聴率調査ビジネスの「一社独占」体制が確立していったのである。

2015年4月16日木曜日

第22回:視聴「質」調査 導入後日談

  視聴「質」調査をめぐる論議は、米国で「ピープルメータ調査」が導入された1987年以来、およそ10年を経た後、ビデオリサーチ社によって、1997年にわが国でも本格導入された(ニールセン調査の導入は1994年)。
 しかし導入後、その余波は大きく、数々の「逸話」を生んでいる。その逸話をいくつかご紹介しよう。

資生堂と女子マラソン
 わが国化粧品メーカー最大手の資生堂は、その企業理念として“一瞬も一生も”を掲げ、主として女性の「美と健康」に資することを目標に、弘山晴美選手や谷川真理選手などを輩出。女子マラソンの冠スポンサーとして、業界発展に大いに貢献したことは、よく知られるところである。
 その資生堂が「ピープルメータ調査」の結果を見て、腰を抜かさんばかりに驚いた一件があった。当時、資生堂の宣伝部コーポレートコミュニケーション戦略室長の職にあった大竹和博(故人)が、社長の福原義春(当時)に呼びつけられ、“広告に無駄な経費をかけるな”と叱責されたのである。

女子マラソンを見ているのは高齢男性だった
 資生堂には「ランニングクラブ」があって、多くの選手が女子陸上界で活躍している。なかでもマラソンはテレビ中継され、資生堂の「花椿」のゼッケンを付けて疾走する女性ランナーたちの姿は、同社の「美と健康」のモットーにぴったりのコンテンツである。
 ところがこのマラソン中継が、同社製品のメイン・ターゲットであるF120~34歳女性)をカバーしてないことが「ピープルメータ調査」の視聴率結果から判明したのである。“若い女性たちに「女子マラソン」を見てもらおうとこの番組を提供しているのに、見ている人の多くがM235~49歳男性)やM350歳以上男性)では、広告費をどぶに捨てているようなものではないか!”というのが、福原の叱責理由であった。大竹が善後策に奔走したのは申すまでもない。後日、某業界誌での鼎談に大竹氏とご一緒したとき、その苦心談を聞かされ、大いに同情したものである。

女子マラソンを高齢男性が見ているわけ
 では、どうして女子マラソンの中継がターゲットであるはずの「女性」たちに見られたのではなく、「男性」たちによく見られたのだろう?
 もともとマラソンは、その過酷な運動量が求められるため、女性ではなく、男性の競技として生まれたものである。また近頃のマラソンは五輪の選考基準として開催されるため、記事掲載は、往々にして男性選手の話題が中心となっている。果たして女子マラソン開催を伝える記事が、活字メディアに掲載される機会が多くあったといえるだろうか?「女子マラソン」のテレビ中継を、是非、若い女性たちに見て欲しいと記事に、広告紙面として、大きく取り扱われただろうか? 
 翻って、なぜ女子マラソンは、男性視聴者によく見られたのだろうか? 少しうがった見方をすれば、女子ランナーを追いかけるカメラに、その一端があったろうと思われる。美形ランナーの顔を大写しにしたり、胸のあたりや下半身の揺れ動く様を執拗に撮り続けるテレビ・キャメラが、高齢視聴者の「好奇心」を刺激しなかったかといえば、嘘になるだろう。日曜の昼下がり、テレビの前にかじりついて番組を見ているM3たちにとって、「女子マラソン」の中継が恰好のお楽しみの一つとなったといっても過言ではあるまい。
 いずれにせよピープルメータ調査の視聴率が、大手広告主資生堂の番組提供のあり方に大きな一石を投じたことは間違いないことであった。 (つづき)